アイデアスケッチ: 藝術の条件

Ideaカテゴリでは,自分が頭で考えたことや,今後本腰を入れて調べていきたいことを素描します.

イデア

今回は,『美学への招待』の3章を読んで考えたことです.

本章では,カタカナの美学として,様々なカタカナ語が従来のタームでは包摂しえない,ある種曖昧な領域の外延を指し示すものとして紹介されました.その中でもアート(art)は美学の中心概念で,20cに入ると統一的な概念としては成り立たなくなったことが紹介されます.

自分の興味を引いたのはネルソン・グッドマンという美学者の「いつartか」という言葉です.この言葉はartの内実が特定の条件で確定されるような固定的なものではなく,時代や状況,鑑賞者に応じて変化しうるということを言い表しているそうです.

このことを踏まえたとき,美術館の展示物はどうとらえられるのかというのが自分の疑問です.artがそのように非常に相対的な条件のもとで成り立つのだとすれば,展示物の展示物たるゆえんはどこへいってしまうのかと感じられました.ただ現実としては,美術館は藝術としての価値をもつものが展示されている,というのは人々の確かな共通感覚なのだろうなと思います.これらのギャップをどう説明できるのかというのを考えていたところ,以下の図式を思いつきました.

藝術作品とその周縁の図式アイデア

美術館の展示物は中央のコモンセンスとして確立した藝術作品の集合に入り,そうでない曖昧なラインの物は外側の集合に入るイメージです.DuchampのFountainは出品当時は外側の集合だったということになりそうです.この曖昧なラインの物は「それはartなのか」という問いを経て,また,art概念自体もそれが何を意味するのかが問われて,いわばそれらの問いが相互に影響し合いながら中央の集合に移っていくというアイデアです.

今後

現代美学はここらへんのことは当然議論しているはずなので,自分の図式の穴をたくさん見つけていきたいです.おそらく,グッドマンの著作や,現代美学の諸論考を読んでいくことになるだろうと思います.美学関連のことに詳しい知人にも話を聞いてみようと思います.

余談

本書を読んでいて,「藝術」,「アート」という概念がとても揺らぎのあるものだと感じました.上の文章でもこれらの用語を正しく用いることができてる自信が全くないです...